レビュー
ネフローゼという難病を持ち、満足に体を動かせない弟子、村山聖のために
師匠、森は下着を洗濯し、髪の毛を洗い、あるときは、「何で師匠がこんな
ことしなければならんのだ」と思いながらも深夜のコンビニへ買出しに奔走する。
そんな弟子と生活を共にするうちに2人の間にいつしか親子のような愛情が
芽生える。
「谷川を倒すんじゃ」と、病気と闘いながら名人を目指し、弟子は
ひたむきに努力する。師匠は弟子のためにできることはなんでもする。
そんな描写に胸が熱くなりました。
以下、本文より抜粋
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われわれと青年は公園のほぼ中央で出会った。
森が飛ぶように、青年に近づいていった。
「飯、ちゃんと食うとるか?風呂入らなあかんで。爪と髪切りや、歯も時々磨き」
機関銃のような師匠の命令が次々と飛んだ。
髪も髭も伸び放題、風呂は入らん、歯も滅多に磨かない師匠は「手出し」と
次の命令を下す。青年はおずおずと森に向けて手を差し伸べた。その手を森は
やさしくさすりはじめた。そして「まあまあやなあ」と言った。すると、青年は
何も言わずにもう一方の手を差し出すのだった。
大阪の凍りつくような、真冬の公園で私は息をのむような気持ちでその光景を
見ていた。それは、人間のというよりもむしろ犬の親子のような愛情の交歓だった。
理屈も教養も、無駄なものは何もない、純粋で無垢な愛情そのものの姿を見ている
ようだった。
「早よ、帰って、寝や」と森が言うと「はあ」と消え入るような声で青年は呟いた。
そして体を傾け、とぼとぼと一歩一歩むりやり足を差し出すようにしながら
夜の帳の中へ消えていった。
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レビュー
地元で敵なし、高校選手権で優勝するなどの経歴を引っ提げて
主人公、成田は17歳4級で奨励会をスタートする。
家族も田舎から東京へ引越し、奨励会中心の生活がスタートする。
しかし、現実は厳しかった。父の急死、母の癌、と不幸が重なり、
奨励会も夢半ばに退会してしまう。
以下、本文より抜粋
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そのまま入院をしたものの、もう何もかもが手遅れだった。医者はサダ子が
死を待つだけの状況であるという現実を成田に告げた。少しでも安らかな死を
迎えてもらうことしか、私にできることはないと医者は目を落とした。
「洗濯物もっておいで」
病院のベッドの上でサダ子は成田に言った。
「洗濯、お母さんがしてあげるから」
「いや、お母さん洗濯くらいこっち自分でできるから、いいっぺさ。
ゆっくり休んで。」と成田は言った。
「いいの。お願い英二、洗濯くらいお母さんにさせて。そのくらい平気だから」
「いや、いいっぺさ」と成田が抵抗した瞬間サダ子はめずらしいほどにきつい
口調でこう言い放った
「つべこべ言わないで洗濯物を持ってきなさい。どんなに苦しくても生きている
間は私が洗うんだから」
成田に返す言葉はなかった。
「四段になって、英二が立派な将棋の先生になってくれることがお母さんの夢
だったの。でもね、今はね、もういいのよ。英二が元気に社会人として生きて
くれさえすれば、お母さんはそれで十分に満足よ」
次の日から成田は、毎日汚れ物を紙袋に詰めて病室を訪れた。それを見ると、
憔悴しきっているはずのサダ子は心の底から嬉しそうな小さな笑顔を作った。
1日の中の、痛みから解放されているほんのわずかな時間を拾い集めて、
サダ子は洗濯機を回しているのだった。
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